組織のスピード感

先日、ある企業の幹部の方とお話をした。
成長している企業で、かなり追い風に乗っている企業である。
そういう企業につきものなのが組織の膨張、拡大に見合ったマネジメント、施策が追いつけないということである。人材の不足、特にマネジメント層の不足は深刻である。

当然、大きな目標や施策を検討決定する作業はトップ層に集中し、中間管理職は現場の運営にシフトするだけで精一杯になる。
この企業もご多分にもれず、そうした状態に陥っているかのように見える。
この企業が出来て10年近くになる。
スタート当初は、いつ倒産してもおかしくない状態だったが、時代の急変は、経済予想通りに進み、しかも事業にはすごい追い風になり、小さな業界だがトップクラスにまで上り詰めた。

こうした中では、現場では従来からいたスタッフと、途中で入社したスタッフが混在し、途中入社の人材はそれぞれ異なるバックグラウンドを持っている。「以前の企業ではこうだった、こうやっていた」「前の会社ではこんなことは許されない」などなど、すぐに口には出さないまでも、いろいろな思いや感想を持ち、だんだんそのギャップを膨らませたり、新しい環境にあわせてなれ親しむことでわすれ去ったりする。
人間は快適な環境には素直に順応していくので、当然、当初の多くの問題は消え、疑問におもったり、異議を感じている事柄が残っていく。
それを組み上げ、解決したり、できる範囲で対策を立てたたり、手に負えない需要なものを上位幹部にあげたりするのが中間管理職の役割機能になる。したがって、それには、スタッフのコミュニケーション、すなわち距離感や話しやすさといった傾聴力が重要になる。
しかし、担当する組織が大きかったり、低迷したりしている組織を担当する管理職は、その状態を解決するために、早急に様々な施策を打たなければならない。その施策がその組織の空気に合致していれば、斬新でなおかつ納得のいくものとして支持を集め、いい方向に向かっていく。
しかし問題なのは、拡大する組織では人事異動も頻繁であり、事業推進の継続性が断片的になる場合が多い。
すると現場のスタッフは、上司から指示され、これだと思っていた活動が管理職の異動・交代によってリセットされたり、また場合によっては後退した感じすら持つことが出てくる。これはあくまでも印象の問題かもしれないが、しかしこれはそう捉えられたものが現実である。となると組織は混乱し、感情が噴出してくる。なおさら、管理職の軽重や慎重な検討が必要になるのだ。

この企業の場合、事業の性格上、かなり間接部門や管理職の数を少なくして運営している。景気の影響をもろにかぶり、業績の上下が激しいのだ。したがって、一人の管理職が持つ責任は大きく重要である。

現場からのヒアリングでは、すでにこの企業では施策の遅れ、管理職の頻繁な後退による活動方針のブレや交代散った局面が出ていた。昨今では大きな方針変更の広報が関連する事業部門によって一週間ほどの遅れがでるなどの支障が出ていた。
そもそもこの企業の組織における決定事項の発信は、シンプルな組織の割に、ばらばらという現状があった。
企画部門から出てきたり、事業部長、社長、そして部長と、ことの重要さ緊急さとは無関係に感じられるほどだ。
したがって発信者によって、ことの重要性、緊急性を推測することはできない。最近では、新たな福利厚生施策の広報は、部長クラスを含め数人ずつの社員を集め、社長自らが行った。内容が、『いつまでもこの会社が雇用を継続することができるとは限らないので、個人のスキルアップや個人的な趣味にいたるまでの教育コストを企業が負担する』、というものだったため、いよいよこの会社も先が見えてきたのか、とか、社長交代近し!といったあらぬ予想をまことしやかに語るものが出たほどである。しかし、それはもちろんそのようなことにはならず、相変わらず業績はほぼ好調に推移している次第だ。

しかし今回の施策の決定は、かねてからの重要課題であったことは確かだが、黙認あるいは放置されていた期間が長かった割には、決定がそう急すぎた。顧客への広報をする期間もなく実施されたからである。しかも決定されたことを実現するには、相当な時間がかかるし、時間をかけたところでスキル的にみて、十分にできるとは思えないものだったからである。この製造のスキルアップさえ、放置されていたかのような現状だったからである。

おまけに、広報に時間のギャップがあった。最終ユーザー、すなわち顧客に接する部門への広報が最後になったからである。これは多少オーバーかもしれないが、致命的だった。その広報も、どうもおかしいと感じた現場からの問い合わせで、行われたという次第があった。

企業のスピード感は、事業方針の立案や実施といったものが最も大事だが、ボトムアップといった、現場からの情報の吸い上げとそれに気づき、速やかに適格な方針をうちだし、実行に移すといったサイクルがスムーズに回るか否かにかかっている。
企業が大きくなると、身動きが鈍くなり、ベンチャーなどの新興企業に振り回されるという話はよく聞くが、この情報収集、検討、実施の仕組みがスムーズに回らなくなることが大きな原因だ。

冒頭の幹部にその話をしたところ、『それはわかる。しかし事業が拡大しているときには、そちらの対応に追われて、なかなか新たな施策立案や実施が理想通りにできないのが現状。部門ごとに情報伝達のスピードが異なるのも、部署ごとの事情もあるので致し方ないだろう』『しかしやっていないわけではなくて、それらはやろうと思っているし、実際に準備も進めていますよ』という返事が返ってきた。

この回答は、ある面ではしょうがないし、正当な答えだと思うが、なぜ部門ごとに情報伝達のスピードが異なるのか、とかやれるものは計あくを立て準備を進めているもの、の順序は本当に緊急的。重要的なものから立てられているのか、の答えが含まれていない。と同時に、この答えがほとんどの企業に共通の答えであるからこそ、膨張した企業のスピードが遅くなり、先取りができなくなるのだと、再認識させてくれた。

スピードと正当なプライオリティの判断、感受性、これらはすべて関連している。