根性をすえるということ

対照的な出来事があった。
方やメーカーの生産管理、工場経営をしてきた56歳の男性。
もう一方は55歳の広告代理店の営業や媒体の部長を経験してきた男性だ。

前者は当初、海外、中でも経験がある東南アジアでの就職を希望していた。しかし現在は海外拠点での求人は激減していることがわかると、単身赴任を前提にした国内の工場へとターゲットを広げた。
豊富な経験を必要とする企業は多い。
早速面接が入り、決定を獲得した。

詳しく言うと、関東の人間が西日本の工場に就職するという形になったため、
住宅手当はつくものの、半額は自己負担であり、帰省のための交通費は出ない。
現地での採用という形になっているためだ。

年収はまあまあの金額だが、
これから保険や税金が引かれ、なおかつ家賃半額が引かれ、
生活費がかかるとなると、条件はいいとはいえない。

この決定にいたるプロセスにはいくつかのエピソードがある。
ひとつは、この男性がこの企業に“縁”を感じたことだ。
元同僚がすでにこの企業に就職しており、
以前、誘いを受けたことがある。
これは今回就職活動を開始してすぐにこの企業の求人情報が目に入ったことで
思い出したという。
そして面接を受けると、その面接官となった社長は
以前、東南アジアの工場に勤務していたときの取引相手で
よく知り合った方だったということ。

再就職活動を開始して、すぐに効した偶然が重なったことに
何かの“縁”を感じたのだ。

もちろん仕事内容の確認、期待される事柄は慎重に確認した。
一日かけて工場を二つ見学し、現場のエンジニアに質問をし、
設備も念入りにチェックした。
専門外の製品だが、役に立てる部分は多いと判断でき、
経営陣の期待する内容も把握できた。
待遇は、十分とはいえないまでも、納得の出来る仕事、求人と判断することが出来た。

一方の広告マンは、はじめから広告業界を取り巻く環境の厳しさは理解していた。
年齢の50歳代の半ばになれば、よほどの専門性、経験がなければ難しい。
実際、業界のリストを元にローラーをかけたが、
年齢はせいぜい40歳くらいまでが限度で、
それ以上になると自分の給料以上の利益を必ず上げられることが必須条件になった。収益を生まない管理職は、どの業界においても常識化している。
それはみんな頭では理解しているのだが、
自分の職業を探す段になると、自分の経験を生かそうとしか考えない。
そこにそのニーズがないにもかかわらず、だ。

実際のこの広告マンは、広告代理店しか応募をせず、
数社の面接を受けたものの、結果はお見送りになっていた。
しかしそこにたどり着く前に、70社程度から年齢を理由に見送られていたのだ。

しかしどうにか一社半年後との契約更新という条件で入社が決まった。
社長がこの方に興味を持ち、何らかのポジションが用意できると判断したのだ。

それが1ヶ月半で挫折した。

理由はいくつかあるが、社長の判断で採用したものの、
仕事の現場ではポジションがなかったようなのだ。
少なくとも現場の責任者は、その必要性も可能性も感じてはいなかった。
それが社長もわかってくると
その方に、レポートの提出を求めた。
しかし、なかばあきらめかけていたかれはそれを躊躇した。
内容によってはそれを横取りされるのではないかとかんぐったためだ。
“それほどの内容を書くことが出来、
それをすばらしいと思うほどの企業なら、あなたを辞めさせるはずがない”
“しかし書かなければ、あなたが考えていることは、彼らには分からないままだ”
そういって書くことをすすめたが、それほどのレポートはかけなかった。

その後一週間ほどして、また話を聞いた。
まず気になったのはレポートを書いたかどうかだったが、
書いたということだった。
実際に書いたものは見せていただいたが、十分には理解できなかった。
内容が専門的だったということもあるが、それは提案ではなく分析だったからだと思う。
提案には新しい夢があるが、分析はその現状が見えないものには、
理解することが出来ない。

結局、この方は1ヶ月で会社を辞めた。

その理由は、採用されたが
採用した社長が自分のポジションを用意することが出来なかった。
それが彼の言い分。
そして“結局、具体的に何が出来るのかを提示してくれなかった”というのが
会社側の言い分になるだろう。
それはすこし厳しいいいかただが、
中途採用で管理職を採用する場合には
企業が用意してくれるのは、採用というチャンスだけで
何をするのか、どのようにするのかまでは用意してくれない。

かれは、身の回りのできそうなこと、気付いたことをきちんとこなした。
しかし、本当は情報収集に駆け回り、かれらが感じている仕事の不便さ、限界を
まず共有すべきだったのかもしれない。
確かにこれをすべきというのは、酷かもしれない。
組織の中では、そんなことは訓練されていないし、
管理職になれば、立場はまったくの逆になる。

中小企業に多く欠如しているのは
教育と受け入れ態勢だ。
もっと言えば、新人を受け入れ定着させようという気持ちはあっても
パワーをかける余裕がない。
従って教育“される”、体制を用意して“くれる”といった
待ちの気持ちはタブーだ。

また自分に対する期待も
一方的に決めさせないことも必要だ。
情報を集め、課題を共有し、どこまでは独りで出来るが
それ以上は組織的に、時間をかけなければ無理だということを
自分から仕切っていく必要がある。

この切り替えは、受け入れる企業にも責任のある幹部が一人でもいいから
きちんとサポートする必要がある。