クリエイティブクラスに関するアイデア

クリエイティブクラスをいかに集めうるかが、その都市の繁栄に関連しているという。
実際、このクラスの人間の増大は所得の増大に比例している調査がある。
これをビジネスのヒントとして考えたら何が可能になるだろう。

まず、このクラスの求人は非常に少ない。
たとえば、広告代理店の営業マン、クリエイターは40歳を超えると求人は半減し、50歳以上になるとほぼ全滅に近い状態になる。使えるスキルがあり、それだけを生かすことに満足するのなら、可能性は広がる。しかしこれらの職種は年齢やキャリアが上がると、現場作業より組織マネジメントに枠割が変わり、本来の専門的なスキルは錆ついて、もはや通用しないようになっているのが普通だ。過去の産物になっているにも関わらず、経験したことがある記憶だけが、あたかもいまも通用するかのように光り輝いているのである。
しかしそれでもこれからやってみるというのなら、若手のクリエイターや営業マンと同じようなフットワークやオペレーションのスピードを磨いておく必要がある。トレーニングをするのだ。現役並みの成果を上げるために。(DTPの専門的なアプリケションが使えるということで採用された50歳前半のクリエイターがいたが、実際は相当忘れていたのか、マニュアルを見ながらでなければできず、即刻解雇されたケースがある。本人はやる気を見せるために、マックの新型PCを購入したのだが、結果的に大きな出費だけが残った。購入するなら、あるいはそう決断するなら、再就職活動開始と同時に、あるいはそれ以前に購入しスキルを磨きなおしておくべきだったのだ)それでも給料は若手と同様か少し上回る程度に強いない。しかも、成長というポテンシャルがないと判断されているので、実績が上がらなければ即刻解雇になる可能性がある。


またこんなケースもある。
若い時に、その会社では初めて、というようなプロジェクトを担当した経験は誰にでもある。それを何度か経験すると新規事業立ち上げのベテランと目されるようになる。自分のキャリアを書いていて、そうした特性を発見することがある。確かにそれは魅力的だが、そのままでは通用しない。そうした過去の経験を発見し、自分を勇気づけることは有効だ。とくにそれ以外に、自慢できるキャリアやスキルがなければ、こうした手がかりは重要になる。しかしそれだけでは、やはり過去の経験にすぎない。バブル期はそのようなチャンスがいくらもあった。しかし、それらを通り抜けてきた今日のビジネスは、さらに新たな切り口を探しているが、どれもありふれている状態になってしまった。だから、たったいま、どこもやっていない、あるいは自社の資源を生かした成功可能性の高い企画を企画・推進できる人材を常に必要としている。
再就職に必要なのは、その業界、企業の中でそれがいま、かつてと同じようにできるかどうか?を考え、できるならそれを仕事にするつもりで挑戦していくことが必要だということに気がつかなければならない。まず情報を集め、企画を立てる。そこには自分ならではの経験とアイデアがん盛り込まれていなければならない。そしてそれを推進するために自分ならではの、どんな資源を活用できるかを考える。そのプロセスをきちんと踏めば、それが現実的かどうかがわかるし、それができれば企業も判断しやすいだろう。


こうした現状はともかくとして。

クリエイティブクラスに的を絞ったビジネスにはどんなものがあるか考えてみよう。

そうした層を、何らかの方法で、どこかに集める。これは比較的わかりやすい課題だ。在職中か離職しているかは別にして、満足できる環境から溢れている人はいくらでもいるだろう。しかしその中から本当にそうした発想やポテンシャル、スキルを持った人をどのように選別できるのかがポイントだ。
選別してグループ化する。でもこれだけでは、どこにもニーズがない。

では、不動産会社と提携して、こうしたクリエイティブクラス人間が生活したり活躍したりする箱を作るというのはどうだ。もちろんここでもそこに入居できる人材は厳選する必要がある。すぐれた、新しいものを生み出せる美容師やイラストレーター、デザイナー、デジタルクリエイターに、生活、仕事、ネットワークなどさまざまなサポートが可能なスペースを提供する箱を作る。その周辺には画材、花、本、絵、フィットネスジム、カフェなどが集中することで一種の文化圏を作り、それにより地価を上げるというのは?
こうした成果を上げるにはスケールも時間も必要だ。生半可な投資コストではないし、どれだけの付加価値を生み出せるかは計算できない。かなりのリスクだ。恣意的にそうしたものを自然な変化よりも速度を上げて確実な果実に結びつけるというのは、かなり無理がある。

それならバーチャルでこうした活動機関を作り、それに企業が協賛するというのはどうだ。
協賛企業の好感度は上がる。株価に反映するように、露出度を上げるだけでなく、実際にそこから発信される情報やアイデアや活動の果実を商品化する。社会に提供するという仕組みができれば、これは効果が増大するだろう。しかしこうしたポータルを作るというのも相当なハードルの高さだ。これには相当計算されたメリットの出る仕組みを作っておく必要があるだろう。
資格、収入、プライド、協賛会社の顔ぶれ、社会的ステータスなどがあればいいが、もっと現実的な成果に結び付けたい。
これはP&Gがやっていた社外研究スタッフというのが参考になるかもしれない。すでに社内の研究者より社外の研究者のほうが多いのではなかったか?
可能なら社外スタッフはシニアも女性も含みたい。しかしアマではだめだ。専門的にするために、このサイトで様々なサポート・サービス、体制をつくる必要があるだろう。これらから新しい商品やサービスが生れ、認知されれば噛み合ってくる。

日曜日のオフィス街のカフェなどは協賛企業になる資格を持っているかもしれない。
イベント、ネットワーキング、そう、ネットワーキングは日本に欠けている活動の一つだ。同じ目的を持っている人間が集まり情報を交換する。彼らに支援を与えることができる個人や企業がそれを支援する。もちろん同時に飯のタネにする。
その主催者はアメリカのように教会でないとしたら、ボランティアになる。これもかなり宗教的だったり、同じように政治的だったりする。(共産党フォークダンスサークルというのは高校時代にあった)となると企業だ。企業はビジネスライクであるべきなので、収益に結びつかなければ参入しないし、したとしてもめどがつかなければ撤退する。その分クールだからむしろ割り切ってできる可能性がある。会費を取り、参加者はそれに見合う成果を受け取れれば継続するし、損をしたと思えば二度と来ることはない。その分、すっきりしたものになる。
その集まりはどんな価値を生み出すことができるだろうか?

まず個人は、錆びついたスキルを磨くチャンスをえることができる。ブートキャンプのような有料のプログラム、あるいは今まで自分がいたところよりずっと下のほうの作業現場に降りてきて、今日、実際に行われている仕事を知り、本当にいまあるいはこれからの自分にできる仕事かを判断したり、あるいは何が不足しているかを検討し、これから自分が取り組むべき課題を知ることができるかもしれない。
もう少しアイデアフルな人間同士が集まったら、新しいサービスのアイデアを話し合い、意気投合し、さらに磨きをかける時間を持つことができるかもしれない。
同じようにクラブ活動的に、もう少し、最初から5,6人のメンバーを集め、具体的にビジネスモデルを話し合うこともできるかもしれない。そう『すべての人はクリエイティブなのだから、それを引き出す機会をつくる、あるいは参加することが重要』なのだから、そうした環境づくりにも意味があるのかもしれない。


もう少し、このプランを考えてみよう。



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組織を活性化するために、あるいはそこで働く社員のモチベーションを高めるために、
評価方法、基準を改善しようとしている企業がある。

しかし聞くところによると、それは社員全体に関して検討されているのではなく、
たった今進行しているプロジェクト、それは仕事のやり方を抜本的に変えるものなのだが、
それによって仕事の内容が変わってしまう職務に焦点を絞ったものであるらしい。

確かに、それは関連する仕事をしている我々から見ても、その仕事は必要性が減少しているかのように見える。
口がわり人によれば、その仕事はもういらないとまで言い切っている。
しかしこれに関しては当のそのプロジェクトを企画し実行している責任者からは明確な発言はない。
おそらくそうなるだろうと思っていることは確かだが、プロジェクトの中では、役割変更は確かにどのように変化するのかは述べられているものの、本当にそうした仕事内容の変化でそのポジションが残りえるのかはわからない。
実際、プロジェクトが始まってその仕事がどのように変化したのかはわからないし、そのままいけるのかも当然わからない。

なぜならば、だれもが不安と不平を持ちながら、活動している真っ最中で、そのグループの中での話し合いも満足に行われていはいないだろう。リーダーが不在なのもそうだし、何よりも今までその仕事のミッションは真剣に論じられたことがないからだ。

プロジェクトの途中で評価制度を変える。しかし仕事自体が確定していないし、コンセンサスも取れていない。
想像だけで物事を進める。あるいはあるべき姿を夢想して、実際の現場を律しようとする。これは危険だ。新人のコンサルがよくやる無責任な方策を信念を持っていやるようなものだ。

以前、この会社はミッションステートメントを定めたことがある。
設立して3年ほど経過してからだろうか。
それ以前に
企業理念を定めないのはおかしいのではないかとい言う指摘があり、その一年後にコンサルをいれ、管理職で定めた。しかしそれは言葉遊びに過ぎず、目標設定の考え方も、運営の仕方も、会議制度も評価制度も何も変わらなかったことがある。したがってミッションステートメントは、全体会議や週報に記載されているだけになり、誰もその意味を理解しないままになっている。

その前例を見れば、今回の人事制度の変更も実にちぐはぐで、コンセンサスも実感もなく、本質的なことは変わらないことになるのだろうと想像ができる。
それは調査がないからだろう。マーケティングと言い換えても同じだ。

経営幹部が頭の中で考え実現したいと考えることで制度をつくる。それはそれでいい。しかし実態にあわせてそれを実現するためには、そこで働いている人間やはたらきかた、そして成果との関係などをだれが見ても納得できるように観察すべきなのだ。
理想を追いかけるには現実に足が付いていなくてはならない。
そうでなければ、空想が実現できるようなところを選んでやればいいのだ。

こういう企業はよく見かけるが、実に経営幹部の時間と経費の無駄だけでなく、現場を混乱させる罪は大きい。