異業界の会社に転職したAさんが直面した壁

研修講師やクリエイティブディレクターを経験したAさんが
地方の製造会社に就職したのは6年ほど前になる。
入社のきっかけは、経営陣に対する研修&コンサル講師を務め、
それがきっかけになって社長と親交を深め、
もともとがクリエイティブ畑の人間なので、
事業のソフト化、ソリューション化を目的に勧誘されたというわけだ。

ハードを中心にしている企業が、
ソフト化やソリューション化を進めるのはどこにでもある話しだ。
仕事の現場でも、ただいいものを作っているだけでは、
機能やサービス面で格段の差をつけない限り、
必ずコスト競争に巻き込まれる。
それなら、顧客の課題解決に一歩踏み込んで
ソリューション提案を進めていこう。
このような考えは、大筋では正しいし、できる人間はすでにそういうことをやっていることが多い。

Aさんが再就職した企業では、それはかなり遅れていた。
肥沃な市場がそこにあり、
ライバル企業がひしめく環境では、
とにかくスピードとコストで勝ち抜くしかなかったからだ。
しかし、ある段階までくると、消耗が始まり、競争の熱も冷めてくる。
そこで、Aさんに白羽の矢が立ったというわけだ。

入社後の彼の活躍は目覚しかった。
経営陣の研修による意識改革。
事業組織の改変。
メンバーの教育、体制作りを矢継ぎ早に遂行し、それなりの実績を上げた。
部長クラスで入社した彼は、役員に上り詰めた。
そこまではよかった。

しかし、その成功に勢いづいたトップが
彼が育てた新規事業を新会社に独立させ、陣容を強化した。
その段階で彼はそこから外れた。

だが、悪いことにそのタイミングで、
サブプライムローンに端を発する不況の波がどっと押し寄せ、
その新会社は中小企業にとっては巨額ともいいえる赤字を計上した。
屋台骨を揺るがすほどの赤字だから、トップは当然のようにおびえ、
せっかくソフト化が進んできた組織を、旧来の営業主体の組織にガラッと変更した。
その組織のトップに着いたのは、従来のスタイルで営業を牽引して生きた営業トップであり
Aさんは干された。

外から見ると山に上り詰めて、がけから落ちかかっているという状態になった。


簡単にいうと、Aさんにとって今までに経験したことのない最大の壁ともいえる。


●事業変革はアイデアや行動だけでなく、組織の変革である
 組織は業績の面や、組織の面で、確かに変革されてきたと思う。
しかし、芯から変わっていはいなかったのかもしれない。
 変わりきれなかったものは風土であり、それを支える幹部や社員もそうである。
 特にオーナー会社のトップが意識変革をできなかった。
そしてAさんも同じように変われなかったように思える。

 Aさんは、組織の中で同士を作れなかった。
それは役員の中でもマネジャークラスの中でもよかった。
 そもそも一匹狼的で、攻撃的な彼は、そうすることを好まなかったし、
そうしたことに注意を払ってこなかった。
 それの付けが、不況のときに現れてきたのだ。
やはり本業に戻ろう。それが安心だ。というように、負の原点回帰に動いてしまったかのようだ。

 それはAさんの気質からすれば致し方ないし、そうした彼だからこそ、
変革を牽引できたということができる。
Aさんが現在の境遇をどのように考えているかわからないが、
これはある程度想定していたことなのかもしれない。

もうひとつ変われなかったのは、組織的人的に、事業計画やビジョンを作る組織を設置できなかったことが大きな原因のように思える。
事業がうまくいっているときは、稼げる部隊の人員は簡単に増強できるが、
じきに訪れる低迷時に、さらに次の山場を作るための準備機関へは注意をはらわない。
しかし、急性長期はいつかは壁にぶつかる。
それは必ず訪れるものだと、意識していれば、不況時にもすべてが押し流されることはなかったようにおもえる。
もちろんその組織には、新たな人材が配属され、機能していることがあっての話だが。

組織を芯から変革するのは大変なことだ。
Aさんのような発想力、行動力のあるビジネスマンでも、油断してしまった。
6年目に訪れた壁。
本当の壁かもしれない。