アフォーメーション、あるいはソリューションフォーカス

ノア・セント・ジョン『デキる人の脳』を手に取ってみた。
訳者はあのレバレッジシリーズの本田直之さん。
まだ数ページしか進んでいないけれども、思ったことはすぐ書いておかないと、あと数ページ進んだだけで、それこそ瞬く間に忘れる。特に最近は。

で、ここでは能動的に考えることに触れているが、
人間は意識していないことのほうがはるかに多く、意識と無意識の比率は1:9くらいらしい。
よく氷山の一角という言い方がされるが、これも同じ比率だったかな?
だから意識しているところで決断をしてもなかなか行動に移せないことのほうが多い。

それに意識していることってすべてがポジティブではない。
だったらまず自分の理想をまず描く。
それが明確に語れているほど、そこに到達する道筋は明確に見えてくるはずだ。

アフォーメーションというのは、質問を投げかけることによって考える、という人間の本質を
うまく利用して、うまくいっているのはなぜか、というところから考えてみようということのようだ。

そう、これはソリューションフォーカスの考え方と似ていると思う。
今ある問題を解決し通しても、目標の到達できるわけではない。むしろ不可能だろう。
それより逆に、目標が達成できている状態はどのようなものなのかを考える。
そして、それを実現するための方策や手段を考えるというのが、
ソリューション・フォーカスの考え方だ。

それは飛躍するけれども、“希望”という言葉にも通じるかもしれない。
希望をもつというが、希望って何だろう?
そう考えているうちはとても漠然としている。
もしかしたらどういうことになると希望がかなえられたか、ということは分からないかもしれない。
しかしほんの些細なことが、たとえば、希望の学校に入学できた、ということだとしたらそれが実現した時に希望は消えるだろうか、というと、自然に次の希望が生まれているだろう。
しかし、その時の生活に満足していたとしたら、希望は生まれるだろうか?

人間には欲求があるが、それは結構些細なことであったり、どうすればそれが実現するかがわかっている場合が多いのではないか?
こうすれば、これを我慢すれば、なんとかなる。といった具合に。

だから希望という、大きく、遠いところに生まれるものは、
おそらく将来に対する不安、長期にわたる失望感といった、長い時間軸や
今のままでは実現できないことがある程度明白な高く厚い壁がある時にしか生まれない。
だからこそ、希望が何たるか語れないのかもしれない。

話は最初に戻るが、確かに目標を達成した状態がどのようなものなのかは、
少し語り始めてもいい。
その目標に到達する道筋はいくつもあるし、その選択が重要にしても、
まずは目標ありきであることは間違いない。